FRUIT/極上の青果

昔から親しまれてきた干し柿ブランド「市田柿」

干し柿ブランドとして全国にその名を知られるようになった「市田柿」は、寒暖の差が激しい南信州飯田の気候を生かした代表的な特産品である。「市田柿」というのは現在の下伊那郡高森町の市田地域が発祥の地とされることから、この名前のついた渋柿の品種名である。
小ぶりで品のある外観を有する「市田柿」は、鮮やかなあめ色の果肉をきめ細かな白い粉が覆い、モッチリ、ネットリした食感と口に広がる上品な甘さをもつのが特徴。ビタミン、ミネラル、ポリフェノール、食物繊維などの栄養素も豊富で、自然な甘さをもつ健康食品としても極上の一品である。
南信州飯田では古くから冬の保存食として用いられ、新年の「歯固め」の伝統食として親しまれてきた。その栽培と加工は伝統的な手法で続けられているが、近年その価値とブランドが認められるにつれて、より品質の良い干し柿を消費者に効率的に供給する必要が出てきているという。
地域団体商標を取得して、県下初の地域ブランドに認定されてから、全国で知名度が高まり、今や海外、台湾にも輸出されて注目を集めている。

南信州飯田の秋の風物詩「柿暖簾」

秋の紅葉が盛りを迎え、山々や庭先の木々が緋色(柿色・橙)になるころ、「市田柿」は収穫を迎える。収穫された「市田柿」は農家できれいに皮むきされ、何個かを一本の紐に結わえて、各農家の軒先に吊るされる。これを「柿暖簾(のれん)」「柿スダレ」と呼ぶ。「柿のれん」は紅葉の景観にいっそうの美しさを添え、古くから南信州飯田の風物詩とされてきた。

近年、農業の近代化とともに、皮むきなどは機械化が進み、省力化も出来つつあるが、その他の作業は依然として手作業が多く、大変な労力と手間が必要とされている。「市田柿」のブランド化が進み、将来性がある作物として認知が広まる一方、南信州飯田地域の農家数は、減少の一途をたどり、この風物詩を見ることも少なくなってきているという。

効率化、省力化の名のもと、南信州飯田の極上の景観が消え行く姿はとても悲しいものである。車窓などからみる緋色(橙色)の「柿のれん」に人々は地域への安心感、親近感を得ているはずなのに。

菓子文化を彩る「市田柿」

「市田柿」は自然の甘さをもつドライフルーツであると同時に、極上のお菓子にも位置づけられている。日本における柿の栽培は古く、文献によると奈良時代にさかのぼるとも言われ、柑橘、棗(なつめ)、栗等と共に五果と言われて珍重されてきたようである。また、茶の湯が盛んに行なわれるようになってきた室町時代には、茶菓子として使われ、菓子は古くは、「果子」と書かれていたように、自然の果実の甘味が贅沢品として用いられてきたのである。

南信州飯田は「信州の小京都」と呼ばれ、古くから雅な茶道や菓子作りが盛んであった。そのような風情、名残を感じることができる街のそこかしこに、老舗の菓子店が軒を連ね、お茶とお菓子をたしなむ極上の時間を体験できるのである。各店自慢の菓子は南信州飯田の土産としても重宝されている。

「市田柿」は、先に述べたように健康食品の代表的存在でもあり、店頭販売はもちろん、菓子の原料や新しく料理の材料として彩り入れられることも多く、その美しい光沢と滋味が内外から注目され、需要が高まってきている。